2007年10月21日

赤福の製造年月日の偽装表示に思う

ここのところ赤福の製造年月日偽装表示の問題が、毎日のようにマスコミに取り上げられていますね。

不二屋と言い、「白い恋人」の石屋製菓と言い、それに今回の赤福と言い、何で消費者を裏切るような行為を平気で行っていたんでしょうね。
お菓子は子供が食べるものだから、余計に腹が立ちます。

製造年月日を偽るなんて、とても許せない行為ですが、私は今回の問題とは別に、消費期限や賞味期限について考えてしまいました。
「もったいない」と言う感覚と併せて考えてみました。

そもそも消費期限や賞味期限は何を基準にして決められているんでしょうね。
それぞれの商品によって、明確な基準ってあるんでしょうか?

きっと、悪くなっているといけないから・・・ということで、消費期限や賞味期限は実際のそれより、かなり短めに設定されていると思うんです。

コンビニにお弁当を買いに行った時など、特に考えてしまいます。
日付だけでなく、時間までが記載されているでしょ?
例えば、21日12時が賞味期限のお弁当は、21日13時では味が変わって食べられなくなってしまうわけではないですよね。

我が家の冷蔵庫の中の物を考えても、例えば買い物をして使うのを忘れていた豆腐など、賞味期限が過ぎている物などありますよね。
皆さんは捨ててしまいますか?

消費者に食べ物を提供することを生業としている人たちは、間違いなく消費期限切れ、賞味期限切れの物は処分してしまうと思います。

でも、家庭では触ってみたり、匂いを嗅いでみたりして、異常が無ければ、食べますよね。

今回、赤福さんはきっとお客さまに食べさせると言う感覚でなく、家族に食べさせると言うような感覚だったのかもしれませんね。

赤福は300年も続いている老舗とのこと。

300年前は、JAS法も無かっただろうし、食品衛生法も無かった筈。
それに食べるものも、今のように豊富ではなかった筈。
何も300年前に戻らなくても、昭和の時代でも、食べるものに困った時代もあったはず。

だから、その300年と言う伝統の中で、売れ残ったものを再利用するのに、何の罪悪感も無かったんでしょうね。

まだまだ食べられるものを処分すると言うことに、抵抗感や罪悪感があったのかもしれません。
決して、利益追求のためだけとは思いたくないんですが・・・

日本の国の食料自給率が異常に低いと言う現実、それに世界中では飢えに苦しんでいる人が数多くいると言う現実、それらを考えると「もったいない」と言う気持ちも非常に理解できるものがあります。

でもそんな物を、黙って食べさせられると言うことには、非常な抵抗感もあります。

自分がお金を払って、わざわざ古いものを買って食べるのは嫌だけど、賞味期限の切れたものを処分するのはもったいないと思う私・・・

自分の考えが、やじろべえのように、あっちにフラフラ、こっちにフラフラと揺れ動いています。

でも、安心して食べれるもの、子供に安心して食べさせられるものって、何なんでしょうね。
このような偽装事件が立て続けにおきると、本当に考えてしまいます。

人間の体は、毎日食べるもので成り立っていると言うことを、しっかりと頭に置かなければなりませんね。

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