2007年1月31日

家族の団欒

先日やさしいキッチンツールでお買い物をしていただいたお客様からこんな言葉をいただきました。

食卓を囲み、家族全員揃って食事をとる・・・
ありふれたことのように思えますが、実はとても大切なこと。
家族とのふれあいがあるから毎日の食事が楽しい。

またこのお客様はこんなこともおっしゃっています。

夕食の団欒こそ家族愛、幸せ、絆の基であり、明日の仕事への活力の源と信じている。

そうですね、本当にその通りだと思います。

団欒という言葉で真っ先に思い浮かべる光景は、家族揃っての夕食の風景ではないでしょうか。

今は子供達がひとりで食事をする「個食」なるものが多くなってきていると聞きます。
家族の生活の時間帯が違っていて、一緒に食事をするのが難しいのでしょうね。
でもひとりで食べる食事ほど侘しいものはありません。

先のやさしいキッチンツールのお客様も、忙しい仕事を抱えていらして毎日家族揃っての食事はできないそうですが、それでも何とか時間のやりくりをして家族揃っての食事を心掛けていらっしゃるということです。

週に一度でも二度でも、あるいは月に何回かでもいいじゃないですか。
できるかぎり家族揃っての食事の時間を作る、団欒の時間を捻出する・・・

そんな団欒の時間を通して、子供が何を考え何に興味を持っているかを知ったり、親が子に伝えたい物を自然の会話のなかから伝えていったり、まさに家族の絆を深める大事な大事な時間になると思います。

ややもすると忘れてしまいそうな「団欒」という言葉、大事にしたいものですね。

2007年1月26日

100年の恋も冷めちゃうよ

ずっと以前に読んだ本の中に、女性がスープを飲んでいる場面の描写がありました。

その場面の描写を読んだだけで、その女性がすごく魅力的な素敵な女性と思ったことが強く印象に残っています。

要するに女性にとって、姿かたちが美しいことはもちろん大事なことなのですが、それ以上に立ち居振る舞い、特に食事の作法がきちんとできていることは大事な大事なことなのだと思います。

これと反対にどんなに素敵におしゃれをしている女性でも、食べ物を口いっぱいに入れておしゃべりをしたり、テーブルに肘をついて物を食べたりしているのを見ると、魅力が半減してしまいますね。

まさに100年の恋も冷めてしまいます。

これは女性だけに言えることではなく、男性にも当てはまることだと思います。

食事作法を小さいうちにきちんと身につけてやる・・・これも大切な食育のひとつと考えます。

今の風潮は、食事は楽しく…と言うのが前面に押し出され、食事の時になされなければならない躾がなおざりになれてはいませんでしょうか?

躾と言う文字を見ると、身を美しくすると書きますね。

まさに美しい女性であるために、また素敵な男性であるために必要最低限の食事作法は、子供が小さいうちに是非是非、身につけさせるようにしてくださいね。

2007年1月22日

ポパイとほうれん草

皆さんよくご存知のポパイの漫画、あれはほうれん草会社の宣伝として作られた漫画だと聞いたことがあります。

宣伝と思って見れば、確かにそうとも取れる内容ですね。

でもあの漫画もれっきとした「食育」の一環をなす教材のひとつだと思いませんか?

オリーブが「ポパイ、助けてー!!」と叫ぶと、缶詰のほうれん草を食べて筋肉モリモリになったポパイがブルートをやっつけ、オリーブを助ける・・・

この漫画を見ている子供達は「ふーん、ほうれん草を食べると強くなるんだ!?」と思いますよね。

世のお母様がたも保育園の先生達も「ほうれん草はね、栄養がいっぱいあるから、ほうれん草を食べるとポパイみたいに強くなるんだよ。」なんて言ったことがあるのではないでしょうか。

ピーマンもほうれん草も共にあまり子供達が好んで食べる食材ではないようです。

それをいかにして食べさせるか、皆がそれぞれに智恵を出してあの手この手で食べさせる工夫をしたのでしょう。

そこから「グリーンマントのピーマンマン」や「ポパイ」が生まれてきたのかもしれません。

何でももりもり食べる子は強い子良い子ですね。

はて次はどんなヒーローが出てきて、「食育」に貢献してくれるのでしょう。

2007年1月19日

グリーンマントのピーマンマン

私の長男は偏食で、保育園に行っても担任の先生を随分悩ませました。

主に野菜が嫌いだったのですが、なかでもピーマンは匂いをかいだだけで気持ちが悪くなると言うのです。
保育園の給食にピーマンが出ると、もう他のものまで食べれなくなるのです。

そんな彼に保育園の先生達はあれやこれやと声掛けをしてくれるのですが、全く効果なし。

かえって依怙地になってしまうほどでした。

その彼が年長さんの時、リズム発表会に「グリーンマントのピーマンマン」と言うオペレッタをすることになりました。

強いピーマンマンが悪い奴らをやっつけるというストーリーのオペレッタです。

ピーマンを食べると強い子になれる、ピーマンはいっぱい栄養があるんだよ…と言うメッセージを伝えるオペレッタです。

保育園の先生は当然、ピーマン大嫌いの彼をピーマンマンにしてピーマンを好きになってもらいたいと考えたらしいのですが、彼は悪い海賊の役を希望したそうです。

「ねえ、ピーマンマンってカッコいいじゃない。
なんで、ピーマンマンにならなかったの?」と聞いてみましたら
「だってオレ、ピーマン大嫌いなんだもん。
ピーマンマンなんてイヤだ!!」の返事。

料理方法を変えたり、細かく刻んで他の食材と混ぜ込みピーマンとわからなくしても、彼はピーマンが食べれないのです。

あの手この手で食べさせようとしても、結局無駄なあがきでした。

大人になった今でもピーマンは食べられません。
もちろんパプリカもしし唐も食べられません。

同じ物を食べさせ、同じ育て方をした次男は好き嫌いなく、何でもおいしそうに食べる子でした。

この違いはいったい何からきているのでしょう。

今のところ長男の息子、要するに私の孫なのですが、この子は父親に似ず、何でもパクパク食べてくれるのがせめてもの救いです。

2007年1月18日

偏食について考える

「食育」の範疇にはどんな事柄が含まれるのだろう…と考えた時、はずすことの出来ない問題が「偏食」だと思います。

私も長男がすごい偏食で、ずいぶん悩まされました。
大人になって、食べれる物が随分増えたようですが、それでも食べられないものが数多くあります。

長男の他にも私の周囲には偏食の人がびっくりするほど大勢います。

皆で一緒に食事に行っても、「あれも食べられない、これも食べられない・・・」と言っていると、すごく我儘な感じがするし、一緒に食事に行っても楽しくありません。

何よりも食べる楽しみをいっぱい失っているのですから、本人が一番気の毒です。

偏食の母親に育てられた子供はどうしても偏食になりやすくなります。
だって、母親は自分の嫌いなものは積極的に食卓には並べないでしょうから。

超がつくほどひどい偏食の人からこんな話を聞いたことがあります。

その人は肉も魚もハムも蒲鉾もそれから野菜のあれもこれも・・・みーんな食べられません。
食べられる物を数えた方が早いくらいです。

その人の作るカレーはお肉ではなく自分の食べられる海老やイカ、帆立貝などを入れて今で言うところのシーフードカレーを作っていました。

その人の息子が小学校にあがり、給食にカレーが出た時に「おかあさん、学校のカレーにお肉が入っていたよ。」とびっくりしたように話したそうです。

それを聞いた時、その人は「ああ、これじゃいけない!!」と思ったそうです。

それからそこの家でもカレーの中に肉が入るようになったと言うことです。

でも勿論、その人はお肉は食べられませんので、肉を入れる前に別鍋に自分の分だけ取り分けるそうです。

お肉を焼いたり、魚を煮たりする時は触るのも気持ち悪いので、手袋をはめて料理をするそうです。

これじゃ、美味しい物は作れませんよね。

子供が何でも美味しく食べれるように育てるためには、親が偏食をせず、何でもおいしそうに食べると言うことが一番効果のある「食育」だと思いませんか?

2007年1月17日

ごはんを残すと目がつぶれる?

わたしがまだ保育園に勤めていた時のこと。

Aくんは食が細く、なかなか箸が進みません。
Aくんのお弁当の中にはまだごはんがいっぱい残っています。

それを見たBくん、「先生、ごはんを残すと目が潰れるんだよね。
おばあちゃんが言っていたよ。」

「そうだね、お米は農家の人が一生懸命に作ったの。
だから残さないで食べようね。」

でも結局、Aくんはごはんを食べきることが出来ず、残してしまいました。

それからしばらくして、お昼寝が終わって起きてきたAくんの目がおかしいのです。
どうやら目にできものができたようでした。

何と言うタイミング、何と言う間の悪さ!!

Aくんは鏡を見てワーッと泣き出しました。

「目がつぶれた!!
ごはんを残したからボクの目がつぶれてしまったよー。」

BくんもAくんの目を見て「おばあちゃんの言った事って、本当だったんだね。」

私はおかしいやら、Aくんが可哀想やらで、必死に笑いをこらえながら
「Aくんのお目目はつぶれてないよ。
おできができただけ。
昔の人はご飯を残すのはもったいないし、お行儀が悪いと言うので、目がつぶれると言って教えたんだよ。」と言いました。

私も小さい頃、ご飯を残すと母によくBくんのおばあちゃんのように「目がつぶれてしまうよ。」と言われました。

米は88の手間が掛かるから八十八と書いて米と言う文字ができたと教えられてきました。

食べ物はどれも粗末にしてはいけませんが、日本人は米に対しては特別な思い入れがあったようです。

昔は食育なんて言う言葉はなくても、こうしてきちんと食べ物を粗末にしてはいけないと言うことを教えてきたんですね。

2007年1月16日

いただきます

ごはんの前に必ず手を合わせて「いただきます。」って言うでしょ。

私はこの「いただきます」って言う言葉に食育の基本が凝縮されていると思います。

「いただきます」の言葉には自分の生命を維持するため、他の動物や植物の命をいただくと言う敬虔な感謝の気持ちがあらわれていると言うことを聞いたことがあります。

だから「いただきます」を言う時には手を合わせ、自然に頭も下げるのでしょうね。

他の命をいただく・・・そこには感謝とともに「もったいない」という気持ちも生まれてくると思います。

今は物が溢れている時代なので「もったいない」という言葉は死語になりつつあるような感じすらしますが、こと食べ物に関しては「いただきます」と「もったいない」の気持ちは忘れてはならないと思います。

かく言う私も友人と一緒に食事をした時のこと、お腹が一杯で随分食べ残してしまいました。

「もう要らないの?こんなに食べ残すの?
世界中には食べたくても食べられない人が大勢いるんだよ。
それなのにこんなに食べ残すなんてもったいないじゃない!」と友人に叱られてしまいました。

本当にその通りなのです
そんなこと頭の中では理解しており、百も承知の筈なのに・・・

子供や孫の前でなくてよかった!!

小さい子供ほど親や周囲の大人の影響を受けやすいので、大人の我々が自分を律していかなければならないのですね。

でもこれは考えて起こす行動ではなく、身についた自然の行動となっていなければならないのです。
習慣とはそういうことなのですから。

正しい食習慣は小さいうちに是非身につけてあげたいものですね。

2007年1月15日

食育ってなーに?

昨日、友人が久し振りに我が家へ遊びに来ました。

彼女は私が保育園に勤めていた頃の同僚で、昨年まで保育園の園長先生をしていました。
私と彼女は子供の年頃も同じで、子供が小さい頃はよく一緒に旅行に行ったり、子連れで食事会をしたりしていました。

お互い甲乙つけがたいほどのおしゃべりですので、話し出したらもう止まりません。
子供のこと、孫のこと、それから昔の同僚のこと、最近の趣味のこと・・・

そんな中でせがれが「おばちゃん、吉田の保育園でも食育やってる?」と問いかけました。

「やってる、やってる。ちゃんと計画を立ててやっているんだよ。」と彼女。
「へー、じゃあきちんとカリキュラムに組み込んでやってるの?」と私。

私もせがれもネットで子供用の調理器具を商っているので、食育はとても興味のある問題なのです。
それにせがれは子育ての真っ最中。
自分の子育てにもおおいに関係のある問題なのです。

「食育なんて言葉が出てきたのは、ごくごく最近だよね。」
「そうそう、昔はそんな言葉なんてなくても、毎日の生活の中で親がきちんと食育をしていたんだよ。」
「大体、保育園でカリキュラムを立てて食育を行うなんてこと自体おかしいんじゃないの?
そんなことは家庭教育の分野でしょ。」
「だから親をも啓蒙していくようにしているんだよ。」

こんな調子でせがれも含め3人で喧々諤々の大論争を行いました。

語り合えば果てしも無く続くのですが、お互いに用もあり途中で「この続きはまたね。」と言うことで分かれてしまいました。

でもこれをきっかけに私の中で「食育って、一体なーに?」と言う疑問が大きく大きく膨らんできました。

それでこの新しいブログを立ち上げ、いろいろ考えてみることにしました。

現在子育てをなさっている若い親御さんのご意見も是非聞いてみたいな...と思っております。

明日からは私が保育園に勤めていた頃に感じたことや息子達を育てる過程での葛藤、やさしいキッチンツールでお買い物をしてくださるお母様方のお声などを通して「食育」を考えていきたいと思っています。