きのうの中越沖地震に関しましては、大勢の方々からお見舞いやら励ましのメールをいただきまして、非常に嬉しく、感謝申し上げます。
幸い、私どもの住む燕市は震度5強ということで、激しく揺れはしたものの社員や家族に怪我をした者もおらず、物損も無く、無事でした。
私は震源地に近い出雲崎でゴルフをしていたのですが、下から突き上げるような感じを持ったときに、とっさに大きな地震だと直感いたしました。
何しろ私は、中学生の時に新潟地震を、そして3年前に中越地震を経験しておりますので・・・
案の定、すぐに横揺れがはじまりました。
立っていることができないくらいの揺れでした。
ちなみに私がいた出雲崎は震度が6弱。
6強の揺れだった柏崎はどんなに怖かったことでしょう。
「伏せて!!」と言う言葉で体を低くして、揺れが収まるのを待ちました。
3度目の体験でも、地震の怖さに慣れると言うことはありません。
海の見える場所に移動をして、津波が来るかどうか、海の様子を見てみました。
そこはかなりの高台になっていましたが、もし津波が来たら・・・と思うと心配で心配で。
「もし津波が来たら、ここまで来る?」と言う私の問いに、一緒にプレーをしていた友達は「大丈夫、ここまで波が押し寄せるようなことがあったら、町中全滅するよ。」と言いました。
とにかくクラブハウスに戻り、情報の収集をします。
携帯は全く繋がりません。
クラブハウスの中の公衆電話には、長蛇の列ができました。
公衆電話から家電には、何とかつながりました。
せがれが「柏崎がひどいことになっているよ。小竹さんとは何とか連絡が取れて、家や会社はめちゃくちゃだけど、いきているみたい。」と言います。
「ちょ、ちょっと・・・生きているだけってどういうこと・・・?」
「要するに無事だってこと。」
あー、びっくりした!!こんな時も日本語って難しいですね。
家も会社もシェフゆうすけのお店も心配だったので、すぐに帰りました。
あー、そうそう、帰り仕度をする前に皆でやったことがあります。
3度も地震を体験した私たちならではのことです。
それはトイレで用を済ませること。
地震が起きると、ガス、水道、電気などのライフラインが止まります。
なかでも一番困るのが、水が使えないことでトイレに不自由することです。
今、トイレにいっておけばタンクに貯まっている水が流せるし、なによりも3~4時間はトイレが我慢できます。
それから帰りがけに、コンビニに寄って、飲料のお茶、水、おにぎりやパンなどを買い込みました。
頻繁に余震が来ているので、家に帰っても怖くて火が使えないと思ったからです。
コンビニの中は、棚から物が落ちて、惨憺たる状況でした。
でも、その店内を掃除する暇も無いくらい忙しいのでしょう、お客でごった返していました。
二人の孫に食べさせるものをまずは確保です。
コンビニの濡れた床で、滑って転びそうになりました。
こんな思いがけないところで、大きな怪我をする人もいるのでしょうね。
家に帰ったら、燕市はあまり被害も無く平穏でした。
コンビニで買ったおにぎりやパンも不要なくらいです。
せがれは情熱丼と食料を持って、柏崎に向かいました。
渋滞が激しく、何時に柏崎に入れるか分からないとのことでしたが「会田さんちの夕食に間に合うように行けるといいな・・・」といたってのんびろと構えています。
私はテレビで土砂崩れの現場の映像が写るたびにハラハラドキドキです。
ここって、もしかして夢女将さんちの近く・・・?
私たちは柏崎の人たちに、どんなことができるのだろう・・・とずっと考えています。
きょうの午後から朱鷺市の役員会があるのですが、その時もこれを議題に取り上げようと思います。
とにかく皆さん、ご心配いただきましてありがとうございました。