« 子供を育てるということ | メイン | 紫蘇巻きの天婦羅 »

2006年6月21日

●老いてそして死ぬるということ

私の祖母が亡くなりまして、その葬儀やら後始末やらでばたばた慌しい日々を過ごしておりました。
享年99歳でしたから、大往生でした。

私は忙しさにかまけてあまり顔を見に行ったこともなかったのですが、びっくりしたのは祖母が坊主頭になっていたことでした。
聞けば「今まで子や孫、いろいろな人に迷惑を掛けてきたからその懺悔の気持ちを表したい。」と頭をまるめたと言うのです。
直後「園長先生、こんがの(こんな)格好でへんだろっかね?(変でしょうかね?)」と顔を赤らめたと言うのです。
園長先生はそんな祖母に初めて女を見たとおっしゃっていました。

また施設で趣味の一環として俳句を作っていたと言うことで、祖母が作った句を短冊に書き、いくつか式場に飾っていただきました。
その他「○○さんのことのは」というノートもいただきまして、折に触れ、祖母がつぶやく言葉を施設の職員の方々が書きとめてくださっていたものでした。

そのノートには私の知っている祖母とは全く違った顔があり、人間、老いていくということは体が枯れて小さくなっていくように、激しい感情、もろもろの煩悩なども少しずつ消えていくものなのだな…と感じました。
よく死が近づくと仏になると言うのは、こういう心の変化のことをいうのでしょうか?
俳句やノートに綴られていたのは、ただただ感謝の気持ちばかりでした。

私はまだまだ世の中の煩雑な事柄に翻弄されながら生きていくより仕方ありませんが、いつか祖母のように煩悩を捨て去り、仏の境地に近づくことができるようになるのでしょうか?

コメント

友人がヘルパーをやっています。いろんな話を聞きますが、利用者さんの何気ないひとことが、ツライ仕事にフッと歓びの灯をともしてくれる・・・と言ってます。

「白寿の青春」・・・・という詩がありますがそれを読んだときに、人間が生きるということ、死と隣り合わせでもなを心は自由で、青春であり続けられるということを確信しました。
そうである自分でいたいと思いますね。

お忙しかったのですね。
ご冥福をお祈り致します。

何時かは来るお別れですが。。
何歳であっても、淋しいものがありますね。
許しあえたり、聞き流せたり、謙虚に感謝し、全てを飲み込めたら素敵な女性になれるのでしょうけれど。。全て出来たら神様ですよね。少しでも、そんな人に近づきたいと思いますが、日々彩々色々な日がありまして、心穏やかではいられない日もあります。反省ばかりの私です。

クリリンさん
「白寿の青春」読んだことがありませんが、今度機会をみて読んでみます。
今回の祖母の死は人生のありようをいろいろな意味で考えさせられました。

cotton母さん
宇宙の壮大な歴史を大きな川の流れに例えるならば、人の一生は川にプクンと浮いた泡のようなものかもしれません。
それを考えると欲を捨て、謙虚に生きられるような気もします。
日々彩々悔いの無い生き方をしたいものです。

晶子さん、大変だったですね。
祖母様のご冥福をお祈り申し上げます。
99歳と言えば長寿。
けれど身近な者には、寂しい事ですね。

感謝の気持ちで毎日を過ごされた祖母様、頭を丸めた祖母様・・・
手を合わさずにはいられません。

ちーさん
ありがとうございます。
祖母は何故か身内の人との縁が薄かったので、ちーさんのように祖母とは面識がない人でも手を合わせていただけるととってもうれしいです。

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)